「自分がのめり込むものは、一眼見た時に分かる」と聞いたことがある。
Gunオヤジの場合は少林寺拳法とパソコンだったかもしれない。
少林寺拳法との出会いを振り返ると、最初のインパクトは小学6年生の時に見たブルース・リーの映画だった。
正確に言えばブルース・リーの拳法は中国の少林拳であり、少林寺拳法とは違う。ただ当時は日本のマスコミでは少林拳も少林寺拳法もごっちゃに扱われていた。
目にも止まらぬ速さで、素手で多くの敵を倒すブルース・リーをブラウン管の中に見た時、心の中に稲妻が走りまくったような気がした。
もっとも小学2年の時、テレビアニメ「空手バカ一代」で打突系格闘技に惹かれたという体験が下地にあったし、もっと遡れば「柔道一直線」で「格闘技」「強さ」に目覚めたというのがあるのは否めない。
ただ人生の至る所で琴線に触れてきたという意味で、格闘技は自分の人生を賭けるべきものだという理屈を超えた感覚があったのかもしれない。
もう一つの人生を賭けるものはパソコンではないだろうか。
IT企業勤務ではあったが、Gunオヤジのパソコン愛はかなり熱いようだ。
IT業界の人でも中には、仕事のパソコンには一切投資しないという人もいる。ただGunオヤジの公私の壁は低かった。自分をパワーアップさせるかのように投資した。
ノートパソコンが世に出た時「欲しい!」と思った。仕事柄、今日に至るまで一体何台のパソコンを乗り継いてきたか分からないが、仕事でもプライベートでも常にお気に入りのパソコンを使ってきた。
大学時代、年間数百円の登録料で大学のコンピューター・ルームを使えた。入学して早速登録して独学でワープロを試してみた。今と違って当時のパソコンは起ちあげるのに数分、ワープロのページ送りでも数秒掛かるような代物だった。
もっと記憶を遡ると小学生の時に読んだ「スーパー巨人」という漫画の影響があった。単行本の発売が1978年。ちなみに日本製パソコンが発売されたのは1977年のこと、パソコンが世に出てまだ数年という時期だ。時代を先取りした漫画だったが、その世界観にとても憧れた。
もっともっと記憶を遡ると、小学校低学年の時に買ってもらった学研の「電子ブロック」の影響がある。電子素子の入ったブロックを並べ替えてトランジスタ・ラジオや導通テスターなど簡単な回路を作るものだったが、知識に羽が生えた気がした。
結果的には大して知識の羽は生えてなかったが、そういう下地があって初めてノートパソコンを見た時に生涯の友になるのではと感じたのではないかと思う。
人はにそういうインスピレーションが働くのかもしれない。
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